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令和六年 新年のご挨拶 ローカルメディア出版社 協立コミュニケーションズ / POD出版サービス
謹んで新春のお祝詞を申し上げます。
書きたい、伝えたい、遺したい
著者一人ひとりの思いを、
「POD出版」で実現できますように、
本年も努めて参ります。
令和6年 元旦
ローカルメディア出版社・POD出版サービス
協立コミュニケーションズ 代表/編集者 高野雅裕
POD出版 新刊発行のご案内! 『悪霊はある! 弁証法的存在証明』 住吉克明 (著) 10月18日にamazonサイトにて発売されます!!
『悪霊はある! 弁証法的存在証明』 住吉克明 (著) 10月18日にamazonサイトにて発売されます!! 定価1,300円(税込1,430円)
著者略歴:住吉 克明(すみよし かつあき)
1952年 長野県生まれ。1998年 父親研究所として、執筆・講演活動を始める。
著書「父親大恐慌」「「魔法の呼吸」他35冊のすべてが、国立国会図書館に収蔵。
内容紹介:
「弁証法」はあらゆる学問・科学の基礎 ・基本の考え方であり、万物は弁証法性の中で動いている。
「弁証法」とは 「正反対の二つ・反対ことば」を思考に活用する方法論であり、この100年間、人々が、
「そんなものは唯物弁証法であり、過去の遺物だ」「哲学の弁証法など、何の役にも立たない」
などとせせら笑っている間に、今日 すでに生成AIとしてプログラムされて、人間の知能をはるかに超えたところで、大活躍をしているのである。 その知能を「弁証法」と言う。
私はこの「弁証法」を50年間 学び続けた。一日たりとも考えなかった日は無い、というくらいの偏執的「弁証法おたく」である。 その研究も、一般的な研究のあり方としての、
①ヘーゲル等の「過去の偉大な学問から学ぶ」のに対して、
②自分の思考パターンを鏡に写して学ぶ、
という、徹底した自学自習で研究を続けてきた。
50年間も続けていれば、それなりの成果もあり、
「弁証法解説」(一九八二年) 「弁証法的魔法の呼吸」(二〇一七年) 等の著作もある。
なぜ自問自答するだけで、「弁証法」をマスターすることができるのだろうか。
その理由は実にシンプルであり、もともと弁証法は、人間の思考から生まれた、というより、
「自然の持つ弁証法性の観察から生まれたもの」であり、弁証法性は、草も木も、鳥も、犬猫も、目の前で見せてくれているのである。…(「はじめに」より抜粋)
amazonサイト「悪霊はある」 → https://www.amazon.co.jp/dp/B0CKKYT73C/
POD出版、発行のご紹介!『我が人生の回顧録 往古今来』 三井一之 著
「我が人生の回顧録 往古今来」三井一之 著
誰でも一生に一冊は本を書けるものだと聞いたことから、自分も書いてみようと思い立ち、還暦の節目に、仕事の合間や休日を使い、したためたものを、簡易な装丁の本にまとめてから、早いもので七年余の歳月が過ぎた。
退職し自分の時間が持てるようになったら、もう少し加筆したり、写真を挿入したりと考えていたので、日々の出来事を日誌にまとめ、年末には、一年の振り返りを書き溜めてきたおかげで、たくさんの思い出がある程度整理してあったことや、経過時間が短く鮮明に記憶していたり、インパクトの強いことがたくさんあり、どうまとめればいいのか迷っていたが、六十歳までを一部、以降を二部としてまとめることにした。
そのため時間的に、チグハグなところがでたり、それから更に進行していることもあるが、素人が書いたものと笑い流し、併せて乱筆乱文、誤字脱字、失礼な言い回しも、お許しいただければ幸甚です。
(あとがき より抜粋)
※同著は、amazonサイトなどでの販売はしておりません。
POD出版の新刊ご案内! 【言語学の視点から 「は」と「が」 を考える】松下和幸 著
国語教育にも日本語教育にも欠かせない基本文法の知識の一つが、「日本語の助詞の『は』と『が』の違い」である。
このことを明らかにすることが本著の目的である。
虹が綺麗だ。
虹は綺麗だ。
では、「が」を「は」で置き換えられない。「は」に置き換えたら大きく意味が異なってしまう。この例からもわかるように、「は」と」「が」には大きな違いが見られる。
(本文より)
著者紹介:松下和幸(まつしたかずゆき) 昭和23年生まれ。幼い頃、上野駅の周りの傷痍軍人や浮浪児を目にし、戦後の東京の貧しさを見た。東京教育大学国語国文専攻。大学時代、「筑波大学」設置をめぐって異常事態となり、人間とは何か、民主主義とは何かについて考えさせられた。卒業後、教科書出版社(数学編集)で働いた後、神奈川県の国語教師として20余年働く。
私の意識を大きく変えたのは、教育委員会から派遣された中国の北京の大学で二年間(1986−1988)教えたことである。そこで外国人に、日本語を教える面白さと大変さを体験した。文法に関する質問が多く、「学校へ/に行く」「あの人が/を好き」「雨が降るから/ので傘を持ってきた」など、違いを問いかけられた。明瞭に説明できず、歯痒い思いをした。
その後、「言語学」を基礎から学びたいと決心し、高校教師を辞し、四十代後半で、オーストラリアに渡り、Australian National Universityで学んだ。接続助詞「から」と「ので」の違いを研究し修士号を、さらに「日本語のモダリティ」を研究し、博士号を取得した。
豪州とその後の中国では日本語教育に取り組んだ。今回の著作は、国語教育を体験し、なにより「言語学」を学び、日本語教育を実践してきたからこそ、まとめ上げることができたと思っている。